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キムヨナさんと真央さんの違いは? [時事評]

・・・何かと比較されることが多い、浅田真央さんとキムヨナさん。
主要国際大会での2人の対戦成績は、、、ジュニア時代(04~06年)は浅田の2勝1敗、シニアでは10年バンクーバー五輪直前までに浅田が3勝5敗とキムがリード。同五輪ではキムが金メダル、浅田は銀メダル。直後の世界選手権では浅田が優勝、キムが2位。最後の対戦となった14年ソチ五輪ではキム2位、浅田6位。

どうも成績としてはキムヨナ。技的には、「必殺技」トリプルアクセルを何度も組み込んだ浅田真央さんが評価されるようだ。

・・・これは2人の目指すものが微妙に違っていたのではないか、という気がする。
何度か演技中の解説でも聞いたが、キムヨナさんは競技のルール改定などを踏まえて、こまかい点数を取りこぼさないように「効率のよい」演技を心がけた。キムヨナが高得点を出したとき、解説者が「でも真央さんには、トリプルアクセルがあります」と繰り返していたのが印象的だった。「必殺技」1回出したら勝負に勝つ?フィギュアの判定は細かいポイントの積み重ねで決まるのに、そんなことはありえないでしょ?
合わせ技で効率よく高得点出した方が、楽に勝てるに決まっているでしょ?
勝負にこだわるなら、浅田真央さんもキムヨナさんと同じ路線で行けば、ずっと楽に勝負できたはずでは?

きっちり「勝つ」ことを目指したキムヨナさん。勝つこと以外の、浪漫?こだわり?を追求した浅田真央さん。
ということになるのでは。
あるいは、日本が基本的にバカ正直で、競争が激しい国際社会に慣れてないだけかも。

あ、なんだかシドニーで、柔道の篠原が誤審で銀メダルという事件があったな。
あの時、団長がもっと自己主張できていれば。。。





数年前にみた怖いテレビ番組 [時事評]

5年ほど前?
とても怖いテレビ番組を見た(題名忘れた。。。)。
最近の中国の教育事情を特集した番組なのだが、、、

まずは現地ルポ、ということで、偶然通りかかった若者に高次方程式?を解かせると、、、すらすら解く。
中国ではこれが標準仕様なんだそうです、というコメントを聞いて、ゲストの芸能人が「ホー」と感心する。。。

北京市内の、ごく平均的な小学校の、ごく平均的な小学生の生活、というのをルポ。
朝は頭を良くする謎の体操から始まって、高速フラッシュカードを使った語学やら数学やら。
朝から晩までミッチリ、寝る間も惜しんで勉強。。。
またまたゲストが「あと数年で日本は追い抜かれちゃいますね」と感心。。。

いや、、高次方程式なんてのは、普段使わない人は絶対解けないから。。。
ちょっと考えれば分かるでしょうに。
中国が教育ブームなのは知っているけど、ごく平均的な小学生がそんな非日常的な教育を、、、
じゃあ、当の中国は今の今まで何をやってたの?
本当にこの通りなら今頃は日本の遙か彼方をリードしているはずでしょ?
エリート校のトップの子を取材して、「ごく平均です」と強調しているとしか・・・。

こんな番組が夕飯頃に無防備に流されている日本。
国策映画みたいなのにバカ正直に付き合っている我が国のテレビ局、芸人さん達って。。。
もっと別の意味でしっかりしようよ。。。と言いたくなったのは私だけか?

欅坂46「ナチカル」炎上、いったい何が問題なのか? [時事評]

昨年のハロウィーン、欅坂46がナチスの軍服を思わせるコスプレをしてライブ活動を行なったところ、海外から思わぬバッシングを受けた。

・・・アニメやマンガの世界では、ナチズム「的」なものはキンニクマンあたりからよく見かけるし、何の気なしにスルーされてきたはず。古今の社会情勢が、ナチズムがブラックジョークとして通じる段階ではなくなってきているということか?
・・・しかし、日本のアイドルグループがナチズム「的」な衣装を着たからといって、政治的なプロパガンダに発展するとか関係すると考えるのは無理があるのではないか。
案外、ナチカルのコスプレは映画でもよく見かけるし、それはどちらかというと、硬直した思考・行動パターンをジョークとして真似るという次元のもので、海外においても、それは陰にこもることのない、許容されて然るべきもの、と捉えられてきたのではないか。

ひとつ気になるのは、日本人(黄色人種)がそれを真似たから嫌なのではないか、、、ということなのである。。。
白人の有色人種に対する優越感、、、これは現実に存在するし、折に触れて色んな場面で気づかされる。
何かあるリアクションが起こったとして、その同じシチュエーションに対して、別の「人種」を当てはめて、同じリアクションが期待できるか、シュミレーションしてみればよい。
人種差別は確実に存在するし、その呪縛から自由でいられる人は、、、ほとんど皆無なのではないか。




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ウィキペディアは世界を変えるか? [時事評]

ウィキペディアは私もちょくちょく参考にすることがある。
ただし、エンターテインメントやサブカル系の「興味本位」分野が多いのは事実で、
学術的なものは万が一、恣意的にゆがめられた情報が混在しているとまずいので参考にはしていない。

だから、役に立つといわれれば役には立つが、信頼できるか、と言われると???ということになる。
本家はさほどでもないのだろうが、特に日本のウィキペディアは現状、理念・目的に見合っていないように思う。
では将来的に成熟するのか、これも???である。

日本のウィキペディアは、公共への貢献の場ではなく、自己主張したい人のたまり場になっていないか。という意見を見かけることがある。私自身も、この見方に属する。
これに対して「学術性や公正に欠けると思われれば、より多くの人が参加してアップロードしていけばよい」という反論があるのだが、、、
日本のウィキペディアに対しては、すでにどちらかというと悪いイメージの評価が定まってきているのではないか。例えば、すでにある程度、荒れている掲示板に、さらに意見を書き込みたいと思うだろうか。

サイトを運営する場合、その質というかレベルは、結局は管理者次第、さらにその人選ということになると思われるが、公共性・公正さが求められるような場において、その管理者はよほど自己省察を心がける人でなければ務まらないはず。

インターネットは、お気軽に、匿名性をもって、自己主張できる場、というところがミソなのだと思う。
使う段にはとても便利だけれど、情報発信側は、お手軽に自己主張が出来る場ということで内省を伴わない自己主張を受け止めてもらうことを期待して投稿を繰り返す。インターネットは「ウソも百回いえばホントになる」が、ある程度通用する場である。整理されない自我を受け止めてもらったと感じるまで、投稿を繰り返す。
これは一種の依存である。依存度の高い人ほど声高に、物量で相手を黙らせようとする。
結果、荒れやすい。人を傷つけやすい。

仮に、より多くの人が参加することでしか、公正さを保てない場があるとして、その場がすでに荒れていたら、周囲の人は、そこに参加することは自らを貶めることにつながると感じるのではないか。

これがインターネットの弱点・課題であるし、日本のウィキペディアは、この部分を解決できていない。
要は自己満足を克服できていない。将来的にも多分、克服できない。
と思うのだが、私は私でこの見方が正しいと感じている。

・・・という訳で、ウィキペディアに募金はしません。

森のくまさん騒動、真相はどこに?? [時事評]

ひところ話題になった、森のくまさん騒動。

その後、パーマさんと馬場さんは和解したとのことだが、いまひとつ何がどうなっているのか見えない。

最初は、訳詞をした(もともとはアメリカ民謡?とのこと。)人が、この機に乗じて自分の名前を売りに出して、儲けようとしているのか?とも思ったが。
馬場さんの方には、事前にJASRACを介して問い合わせがあって、断った認識でいたところ、いきなりパーマ版が世に出て、びっくりしたとのこと。ということはJASRACか、レコード会社の怠慢か?和解というのはJASRACがうまく黙らせて、ナアナアで済ませたということか?
それにしては事後、パーマ版が大っぴらにメディアに出ることもないようだし、パーマさんの似た系の替え歌シリーズはほぼ削除になってしまったそうだ。

案外、だれも意図せず流れがそうなってしまったパターンなのかも。
結論出ずモヤモヤ。



タバコ相談と温暖化問題と。 [時事評]

ここ数年見かけるタバコ相談の広告。
見るたび、雇用創出だな、と思ってしまう。
一昔前は個人の「禁煙!」で済んでおり、巷では一頃より随分タバコを吸わなくなった。
それをいまさらことさら依存症も病気で云々、というのは不自然ではないのか。

たいていの場合、広告というのは誰かが何かを宣伝して買ってもらって儲けるのが目的だ。
カウンセラーなり治療法なりということになればお金が動く。少しでも景気回復につながる。ということだろう。

過払いの宣伝は分かり易い。弁護士が儲けたいからだ。
離婚問題が喧伝されるのは?これも、そういう部分があるかも知れない。

ひそかに、温暖化問題もそうではないかと思っている。
温暖化は人間が出した温室化ガスのせい?
いやいや、地球が数千年レベルで氷河期・温暖期の周期を繰り返しているだけの話ではないのか。
なんだか真に受けてCO2の削減目標を掲げて頑張っている国は、おバカに見えてしまう。。。
ま、でも同じく雇用創出というなら、、、流れに乗っかった方がよろしいのでしょう。


エコキュートはエコなのか? [時事評]

2000年ごろから出回ってきたエコキュートについて。

「自然冷媒ヒートポンプ給湯機」に対する愛称だそうである。
エコ + キュート 、キュートは可愛いと給湯の意味、エコはエコロジー(自然に優しい)、エコノミー(経済的)あたりの意味らしい。フロンガスを使わないヒートポンプは環境に優しく経済的で、省エネ・電気代削減として注目されてきた。

一応我が家もエコキュートでオール電化。
2011年震災で断水のときは非常に助かった覚えがある。

・・・ただ、ずっと抱いていた懸念がある。そもそも論としてエコキュートは、オール電化の枠で深夜電力を有効活用しているものではなかったか。深夜の電力がなぜ余るのかというと、要は原発が半永久稼働で、夜になったらいちいち止める、ということが無理だからではなかったか。。。

・・・某市役所では電池式のエコカーを導入する予定があったが、2011年震災の後に立ち消えになったとのこと。電力を使う=原発を助長するというイメージにつながるためらしい。

最近は、エコキュートを太陽光発電とセットで売るパターンになったらしいが、屋根に何枚かパネルを置いた程度で、果たして一家の給湯に使う電力に見合うのか?雨や曇りにも弱いのでは?

さらに怖いのは、それが議論の俎上にあげられる気配が見られないことである。
エコキュートは本当にエコなのか? まあ、経済的にはエコなんだろうけれど。。。
震災後、日本の電力は8~9割を火力発電に頼らざるを得ないのが現状である。
火力から電力への変換効率は40%前後のはず。
単純に考えて、 火力→電力→給湯 よりも、 火力→給湯 の方が「火力」は少なくて済み、環境に良いのでは。。。
現状、家計にとって経済的だとしても、それは単にマーケティングの枠組みに乗っかっているだけなのでは?

結局のところ、経済の発展が、しわ寄せとして環境に害をもたらすという構図は変わっていないのかもしれない。。。

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